ともだち
あらすじ
みんな仲良く本を読む話。
参考図書
『ともだち』谷川俊太郎・和田誠 玉川大学出版部 2002年11月20日
私は本が大好きだ。毎週一冊、小学校の図書室で本を借りて読む。今週読んだ本には魔法使いが出てきた。世界から色を無くそうとした魔法使いが、魔法を使えない人たちに処刑される。そうして、テレビの砂嵐みたいなお墓の中に入れられてしまう。まだ、どうしてそんな展開になったのか理解できていないけれど、それでいい。最近のマイブームは、読み終わってから考え込んでしまうようなお話を読むこと。司書のお姉さんと本について話し合うのが、すごく楽しいから。
朝早く、借りていた本を返しに図書室に行ったら、いつものお姉さんがいなかった。知らないおばさんが受付に座って居眠りしていたので、本を返すのはまた明日にする。
受付に背を向けて入り口へ向かおうとして、日本生まれではない子がひとり座って本を読んでいるのに気がついた。横目で確認すると、ひらがなだけで書いてある絵本である。見開きいっぱいに顔が描いてあって、文字はちょっぴり。その子はその絵の表情と、辞書で調べた言葉を、見比べては一生懸命よみこんでいる。あんまり必死になって読んでいるので気になって、話しかけてみた。
「何読んでるの?それ、面白い?」
申し訳なさそうな顔をして、何か言いかけて口をパクパクさせている。しばらく待っていると、片言の「おはよう」が返ってきた。それとなく辞書を覗いてみると説明の本文が英語で書いてあり、どうやら日本語があまり得意ではないのだと気がついた。もう一度英語で問いかけると、にっこり笑って「ともだちの本だよ。」と教えてくれた。へー、と、もう一度ちゃんと絵本の文面を読むと、それは前に自分も読んだことのある本だった。
「有名な詩人の絵本だ。私も読んだことある。でも、これは面白いと言うより――」
「私はこれで勉強してるの。ともだちについて。」
その子は残りのページを片手で全部持つと、親指の先でぱらぱら送って、あるページで止めた。「私、いつかここに行くんだ。」車椅子に乗せられた子供が包帯に巻かれて、こちらを見ている写真。文面は、『どうしたら このこの てだすけが できるだろう。あったことが なくても このこは ともだち。』
「会ったこともないし、随分前に発表された本だから、この人がまだここにいるかは分からない。けど、私はここにいる人の助けをしたい。そのために早く大人になって、ともだちもいっぱい作って、一緒に行くんだ。」
社会の教科書に載っていた女神さまのような顔で、その子は写真を撫でる。ふと思いついて問いかけた。
「その本の中に、誰にも言えないことを相談できる人はともだち、みたいな文があったと思うんだけど、私以外にこの話、誰かにしたことある?」
その子はハッとして、今度は手の平にページを吸いつかせて勢いよく何ページも捲った。私が言ったページを開いて、顔を上げて、今にも泣きだしそうな顔で「ない! ないよ! だって図書室になんて誰も来ないから!」と私の手をぎゅっと握った。そしてはっきり日本語で、「わたしと、あなたと、ともだち!」と叫んだ。それから今日のスカートの話だとか嫌いな授業の話だとか、たわいもない話をして、それぞれのクラスに別れた。日常生活では日本語を使うとはいえ、英語を話す親戚がいて本当に良かったな、と心の中でほっとした。
ぎりぎり間に合った朝の会で、転校生が紹介された。図書室で会った子かと思ったらまったくの別人である。なんていう国かは分からなかったけど、遠いところから来たんだそうだ。日本語は分からないらしい。その子には同時通訳機が渡されて、自己紹介の時からそれを使ってお話しなければならなかった。
「コンニチハ。ミンナ、仲良クシテクダサイ。ヨロシク。」
ふっくらした頬も、細い首も、肉付きのいいふくらはぎも、みんな栗色。隣の席のブライアンは「俺と似てる!すぐに仲良くなってやるぞ」と意気込んでいる。転校生と出身地が近いそうで、彼だけは翻訳機なしで話していた。それを見ていたクラスメイトは、言葉が通じないなりになんとか翻訳機なしでコミュニケーションをとって、すぐに転校生はクラスに馴染んだ。私も折鶴をプレゼントしたら、目がパチパチする色の、ビーズのブレスレットをもらった。一番好きな色で作ったそうだ。
授業が始まると、大きなテーブルにみんなで集まって会議が始まった。今日の議題は、新入生のための校内案内図作成について。そこに記載するコラムを作ることは決まっていて、校内のどの大人にインタビューをして、どんな班分けにするかが主な論点になった。転校生も積極的に発言した。たくさん話し合った結果、私の班は図書室の司書さんにお話を聞きに行くことになった。そのままお昼ご飯を食べて、午後は分けた班で活動が始まった。
二度目の図書室のドアを開けると、お姉さんがちゃんとそこにいた。借りた本をこっそり持ってこなかったことを後悔したけれどもう遅い。骨太な指をきちんと揃えて、私に手を振った。お姉さんは私たちの質問に丁寧に答えたあと、私のことを呼んでこっそり話しかけてくれた。お姉さんの喉仏が上下に動くのに見惚れていてちゃんと聞けなかったので、きちんと聞き返したら「あなたもすぐ出てくるわよ、こんなの!」と笑いながら、もう一回同じことを言ってくれた。やっぱり、お姉さんの喉仏はきれいだと思う。お父さんのよりもずっと。
「借りてった本、どうだった。面白かったでしょう。」
「はい! でも、なんで魔法使いはわざわざあんな色のお墓に入れられたんでしょうか?」
「魔法使いの望みを叶えてあげたかったんじゃないかな。魔法使いなりに、色を消したい理由があったでしょう?」
「肌の色の話ですよね。わからないなあ。黒くても白くても、みんなヒトじゃないですか。」
「今のでわかった。きみ、ちゃんと歴史の授業受けてないでしょう。受けていたらわかるよ。」
「ええっ、何でわかったんですか! 苦手科目です。じゃあ、もうちょっとがんばって勉強しようかなあ。」
「がんばれ。全ての勉強は、きみの人生につながっているんだから。」
クラスメイトに呼ばれて、図書室を出る。もう下校時間だった。
帰りの会が終わってから、なんとなく朝の子が気になって、帰る前にもう一度図書室の前を通り過ぎつつ、扉の小窓をちらっと覗いてみた。中では、朝の子と転校生とブライアンが絵本を囲んで難しい顔をしている。どうして二人があの子を知っているんだろう! 鞄を抱えて座り込み、扉の隙間からそうっと盗み聞きをすることにした。
「コレ、僕モ、読ミタイ。難シイト、思ウ?」
「ブライアンが、よめば、わかる。」
「俺、上手に読める自信ないよ?先生に頼んだらいいんじゃないの?」
「せんせいは、いそがしい。だめだよ。」
「翻訳機ニハ、文章モ、翻訳スル機能ガ、アルト聞イタ。ダケド、マダ、使イ方ガ、ワカラナイ。」
「私が読んであげる!」
扉を勢いよく開けて、叫んだ。私が読んであげる。分からないところは全部教えてあげる。日本語だって少しは教えてあげられる。だから、私の知らないところは教えてほしい。絵本のことだけじゃなくて、生まれた国のこととか、言葉のこととか、いろいろ。
三人は目を丸くして、顔を見合わせて、同時にぷぷっと吹き出した。そうしてみんなで大笑いしている。なんだかきまりが悪くなって、「なんで笑うのよ」と言ったら、転校生が説明してくれた。
ブライアンが校内を案内するのに色々なところに連れて行って、最後に通り過ぎるだけで済ませようとしたのが図書室だった。扉の小窓から中を覗き込んだら先客がいた。気になって話しかけようとしたら素敵な絵本を持っていた。自分も読みたいけど読めない。困り果てて入ってきた扉の方をぼんやり見つめていたらウサギのキーホルダーが扉からのぞいていて、ブライアンが私だと気がついて、わざと大きな声で困った会議をしようと言い出した。
私はまんまとブライアンにおびき出されてしまったわけだ。理解してようやく、私もおかしくなって笑ってしまった。
「すごいねブライアン、よくわかったね、私のこと。」
「毎日隣で見てるからな! 使ってるノートも、消しゴムも覚えてるぞ!」
「ブライアン、かのじょを、すきなの?」
絵本をかかえたその子に真顔で訊かれて、ブライアンは顔を真っ赤にして頷いた。素直なことはいいことだ。転校生が私を肘でつつく。
「私はそういうことはまだよく分からないけど、教えてくれるなら、お願いしたいな。」
ブライアンが私の手を取って手の甲にキスをした。本の世界のことだと思っていたからびっくりしたけれど、よく考えたら上級生がよく廊下でやっている。何も恥ずかしいことではない。私は今日も、学校でいろんなことを勉強しているだけだ。
「みんな、がっこうが、しまる。かえろう。」
明日こそちゃんと絵本を読み聞かせる約束をして、途中までみんな一緒に家に帰った。お母さんに今日のことを話すのは、なんとなく鼻が高かった。
おわり
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