ほんとう
あらすじ
女の子とおじさんの番組を見る話。
『えー、本日は、このお二方に来ていただきました。どうぞ!
はい、ではアンナは地球儀のこちら側に、ピーターにはあちら側に座っていただきましょう。ああそんなに睨み合わないで!今日は穏便にお話しして頂きたいのです。
ティーンエイジャーにして活動家のアンナは、環境問題に対して非常に危機感を持っています。えーっと、いまや世界中の環境活動家もそうでない人も巻き込んでデモを行なっています。
ピーターに関しては解説するまでも無いでしょう。長年経営者として手腕を振るってきたピーターは、現在閣僚としても活躍の場を広げています。あまり環境問題に対しての発言は聞きませんが……えっそんなことはない?大変失礼致しました。
それでは、本日は地球の未来について議論して頂きます。産業革命以来さけばれてきた、地球温暖化についてです。これから人類は、環境保全をどのように行っていくべきかについて、お話ください。
『ちょっと待ってくれないか。たかが一種族の動物が一惑星をどうこうできるとでも?ナンセンスだね。恐竜がわんさかいた時代からどうやって氷河期に移行したのかも、説が分かれてハッキリしないんだろう?どうして地球がアツアツになっていることが人類のせいだと言い切れるんだ。
『よくもまあそんなことが言えたものですね。私たちは他の動物を殺して生きています。それに、世界人口は増える一方です。その人たちを賄うために、環境破壊のスピードは早まっていく。そのために氷河期の周期が狂っているかもしれないという説もあるんです。地球温暖化は私たち人類の仕業に違いありません。今すぐ、ここから、責任を持って行動すべきです。そのような設定課題自体を台無しにする行為はやめていただけますか?
*
趣味の悪い討論番組だ、と、適当につけたテレビ番組を女はこき下ろした。
「こんなの何が面白いのよ。大勢の人の考えをひとつに集約しようって方が無理な話じゃない?」
男は曖昧に笑って、カモミールティーの入ったマグカップを女に手渡した。ソファにどっかり座って鷹揚に一口飲むと、舌を火傷した。
「そうは言っても、この女の子が言う通り地球が人類のせいであったまってしまったんだとしたら、俺たちの手でどうにか出来るはずなんだな。」
口をもごもごさせながら、女はもの言いたげに男を見つめた。すとんと隣に腰を落ち着けて、男はテレビに視線を向けた。相変わらず、少女と中年男性は平行線の議論を続けている。
「ああ、昔こんなことがあった。Aという友人とBという友人がいてね。私はAとしか面識がなかったんだ。Aは人のことを絶対に否定しない奴だった。お人好しだったんだな。あんまり優しいんで、みんなAのことを便利屋呼ばわりしてた。
「あるときBっていう全く知らない人から、Aはとんでもない悪事を働いた過去があって自分はその被害者だと言われた。Aは関わった相手全員と友好な関係を築いていたから、嘘なのだろうと思ってBのことは放って置いたんだ。でも、Bがあまりにしつこく言い続けるものだから徐々に周りの人も気になり始めた。Aとこれまで付き合ってきてそんな大きな悪事を働くようには全く見えない。でもBが言うことも本当なのかもしれない。
「Aにこのことを聞く人はいなかったよ。だって怖いじゃないか、それがもし本当だったら。次第にBを信じる人が増えて、Aは何もしていないのに誰からも声をかけられなくなった。触らぬ神に祟りなしってやつだ。でも俺はAとそのまま良い関係を保ち続けた。今でもBのことには触れないけどね。Aは普通に今も俺と仲良くしてくれるし、何か悪いことをされたことは無いんだ。ちょっと独特な言葉を使うからチャンネルが合わなかったのと、AがBの行動を許してしまうほど優しかっただけなんだ。
「Bは何がしたかったのかと言えば、ただ注目されたかっただけなんだ。後から聞いたことには、Aが便利だったから使ってやっただけだって言っていたそうだよ。注目されれば友人もできるだろうって思ったんだって。なにも生贄の必要な方法でやらなくてもいいのにな。」
男が語り終えた時、テレビの中の少女は中年男性ではなく画面のこちら側に向かって語りかけていた。今こそ、私たちは立ち上がるのです。この地球を救うために。
カモミールティーを飲み干した女は、うつらうつらしながら少女の話を聞いている。海水面の上昇は19世紀から始まっている、個人所有の自動車の排気ガス、工業施設の排気ガス、発電所の産業廃棄物はもっと削減できるはずだ。今から自分たちにできることをやらなければ、人間の住むところは本当になくなってしまう。
中年男性は、そのうちにまた氷河期が始まるのだから慌てることはない、じきに人類の住めるところなんて一掃されるさ、と言ったきり目と口をきっちり閉じて腕を組んでしまった。
女はテレビに飽きたのか、カップをシンクで洗ってソファに一冊の本を持って戻ってきた。『環境破壊の現状とその対策案について』、女が最近熱心に読んでいる本なのであった。
「読んでいるうち、いつの間にか寝てしまうのよ。おかげで亀の歩みだわ。でも、これまでの動物たちがしてきたことと、地球の自然環境がどんな風に変化してきたのかを追うだけで、私なりにこの問題に思いを馳せることはできるようになってきた。」
テレビは音楽番組に切り替わり、ポップミュージシャンが元気に画面を跳ね回っている。男は先ほどまで一心不乱に自分へと訴えかけていた少女に、顔も見たことがない人のことを重ねた。
女は読み始めてすぐに寝息を立ててソファに沈み込んでしまった。開いたままの本をそっと取り上げて、男はブランケットをかけてやる。
「うん。結局、自分にとっての真実は自分で決めなければいけないんだね、A。」
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